おはぎのブログ#喫茶室いこい=仲間募集・自分史を作りましょう=

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区立D小学校界隈:宿の通り

おはぎ


 昭和30年代、ちいちゃんがD小学校へ通い始めた頃、旧街道に寄り添う様に走る私鉄にかつて東海街道の随一の宿場町は、「北馬場」「南馬場」と駅名を残した個人商店が並ぶ商店街になっていた。旧街道の旅館や料亭は、アパートや貸し部屋に変わり、地方から埋め立て地に新しく建てられた工場に集まった人達を受け入れた。埋め立て地は広がり続け、トラック2台が対面で並んで走れる上下2車線の幅広い国道が、旧街道を挟む様に平行に走った。住宅地に整備された埋め立て地には、お風呂の付いた同じ形の家が建ち並ぶ京浜工業地帯の一部になった。

 旧街道は、下駄屋・三味線屋・和菓子屋・八百屋・ちぃちゃんが住んでいた乾物屋。寿司屋・煎餅屋・八百屋・金物屋・魚屋‣電気屋・食事の出来る料理店・お寺の山門・〇✖寮(アパート)・氷屋(灯油や練炭・炭も売ってい。)・本屋・洋品店・パチンコ屋・ちょうちん屋・映画館等々と屋根のある建物の中で個人商店が集まって食料品や総菜を市場の様に売る〇〇マートと呼ばれる市場の様な店が2軒あった。旧街道は『宿の通り』と呼ばれなんでも揃う商店街だった。ちいちゃんのお婆さんは、〇〇マートの揚げ物屋さんの「クジラのカツ」が好きだった。(ちいちゃんは、鯨は固くって好きじゃなかったけど、、、)

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