おはぎのブログ#喫茶室いこい=仲間募集・自分史を作りましょう=

ひとりより二人、辛い思い出も仲間と話せば優しく励ましてくれる。あなたの応援団。

生きる事は素晴らしいノンフィクションだ。
自分史を楽しみながら、一緒に書きませんか。

区立D小学校界隈 : 教育方針と優等生

おはぎ

 ちぃちゃんが、小学4年生の頃クラス替えがあって、新しいクラス委員が、選ばれることになった。学級員、保健委員、図書委員、放送委員、それから、飼育委員、連絡係、、、。

 担任の先生が、成績の良い子から、学級委員、保険委員、図書委員、放送委員と男女一人づつ選んで決めて行く。飼育委員や連絡係は、「やりたい人」と言われて手を挙げたクラスメイト達からジャンケンで勝った者順に決まった。ちぃちゃんは、ジャンケンが弱いから、係になる事が中々出来なかった。

            

<4年生になって変わった事>

 1.担任の先生がK先生に変わった。音楽が、好きな先生。音楽を専門に教える先生は居たけど、ちいちゃんのクラスは、K先生が担当した。

 2.担任のk先生は、1ヵ月に1回から2回以上、国語や算数は、授業の進み具合で『明日、テストするから、』と言ってテストを行った。

 3.テストもガリ版刷りのわら半紙から、〇△印刷会社の袋に入った白い上質なB4の紙に印刷されたものに変わた。

 4.テストの結果を返えしてもらう時にK先生が、『100点を取った人は、Aさん、B君、

C君、、、。』と発表するようになった。

 5.宿の通りに1軒だけあった本屋さんに「テキスト」とか「ドリル」と書かれた教科書と同じ内容のアンチョコが並ぶようになった。それをクラスの中で見つけた子がいて、『テストの答えが書いてある.』と騒ぎになったことがある。

 6.そんなアンチョコを持っていたのは、学習塾とか家庭教師に勉強を教えてもらっていた子達で、だいたいが優等生で学級委員を経験したことがある子だった。ちいちゃんもアンチョコが見たくって本屋さんに行ったけど、もう売れ切れてしまっていた。

 7.宿の通りに夕方買い物に来るクラスメイトのお母さん達は、この頃3~4人集まると『D小学校は新しい教育方針の実験校で、区内の小学校よりD小学校は、優秀なんだ。』とか、区内の小学校と比べて、D 小学校の自慢話をしている姿を見る事が多くなった。

クラスメートやちいちゃんが、テストの点数を気にするようになったのは、この頃だったと思う。

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

区立D小学校界隈 :旧目黒川 大正橋は小さな太鼓橋

おはぎ

 埋め立てられ八ッ山通りになった旧目黒川には、浮世絵の日本橋みたいな太鼓橋がかかっていた。浮世絵にか描かれた日本橋より、ずぅーと小さい太鼓橋だった。

 昭和30年代、橋は、鉄筋コンクリート造りに架け替えられていて大きなトラックが勢いよく埋め立て地へ走っていた。(横断歩道が書かれていない橋を渡る時は、左右を注意して緊張したものだった。)

大正橋と言うその橋は、何故か木造りのまま(ちいちゃんは、学校へ行く前に新しく掛け替えられた橋を渡ったのを覚えている。)人が渡る橋だった。(オートバイも降りて押して渡っていた。)

 祖母の家は、旧街道から陣屋横丁を下りて、この大正橋を渡った洲崎にあった。大正橋から対岸の寄木神社の裏にあるイチョウの大木と、おばあちゃんの家(ち)を見つけると『もうすぐだ』と橋を渡る。コンクリートの橋と違う柔らかい足音がして、ちいちゃんは、走って渡るのが好きだった。

現在、旧目黒川が埋め立てられた八ッ山通りは、道路沿いに面して新しく玄関のある住宅やマンションが建つ住宅街の生活道路になっている。

大正橋の有った場所は、明治天皇が、本陣を造ったと記念碑のある公園を半分削って、産業道路に繋げた山手通りの交差点の一つになっている。横断歩道が書かれた〇△交差点である。

大正橋の有った交差点から、寄木神社は、今でも見つける事ができるのだが、八ッ山通りに背を向けてしまっている。寄木神社は、江戸時代から猟師達の安全を見守って来た洲崎の鎮守様だった。埋め立てが進んで、猟師達の姿が無くなり、神社の周りに住宅が建って、忘れられてしまったとを拗ねて寂しがっている様に見えるのは、私だけなのだろうか。

寄木神社の山門には、頭に蝋燭を立てて、夜の海を照らしたと言われる頭が平らな古い狛犬が、遠くなった海岸線を見つめて今も建っている。 

                                                                               

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

気ままに一筆:「リッパ」と「エライ」の違い教えて

おはぎ

「リッパ」と「エライ」の違いをお教えてください。漢字で書くとリッパは「立派」、エライは「偉い」と書く。ともに誉め言葉に使う(?)と思う。
小さい頃、「〇〇出来たのエライ、エライ」とほめられた。毎朝、お弁当を作って家族に持たせていることを、近所の小母さんが「毎日、エライね。」と褒める。既に他界した祖母は、〇〇区長や△△社長は「エライ人」だと話していた。

「リッパ」はと言うと、新築の家や、樹齢何年の木を眺めて「リッパだね。」と言っていたが、「リッパな人」と、褒めていた記憶がない。

考えて見ると、私は、めったに「エライ」「リッパ」を感嘆や誉め言葉に使わない。

最近、近所のお婆さんが、「Aさんの妹さんは、リッパな人よ。」と言ったので、

久し振りに聞いた言葉に「リッパってどんな風に、、、」と聞き返した。

お婆さんは、「知らない。Dさんがそう言っていた。」とちょっと不機嫌に答えた。

私は、聞いてはいけない事を聞いたのか、、、。わかった様な顔をして、相づちを打って話を終えれば良かったのか。

 誰か、「エライ」と「リッパ」の違いを教えて欲しい。

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。