おはぎのブログ#喫茶室いこい=仲間募集・自分史を作りましょう=

ひとりより二人、辛い思い出も仲間と話せば優しく励ましてくれる。あなたの応援団。

生きる事は素晴らしいノンフィクションだ。
自分史を楽しみながら、一緒に書きませんか。

区立D小学校界隈 ちいちゃんは、いじめっ子

おはぎ


 ちいちゃんの小学校時代は、夏休みと冬休みの期間中に登校日があった。夏休みは、8月1日と15日の2回、冬休みは、1月1日の1回。その日は、いつもと同じ登校時間に集まり、先生が、出席を取って、「宿題をチャンとやるよに」と言ってそれで午前中に下校します。

ただ、1月1日は、特別でお正月のお祝いの「紅白のお饅頭」がくばられます。

昭和30年代は、お正月に着物を着る人が多かった。初詣にも出かけたりしていたけど、学校へは洋服姿で登校する。

ちいちゃんは、おばぁちゃん子。おばぁちゃんは、お正月にちいちゃんの日本髪を結った姿を見るのを楽しみにしていた。流行っていた「新日本髪」ではなく、『かもじ』や『あんこ』を『こて』を使って「桃割れ」「つぶれ島田」とか「銀杏返し」の日本髪を結った姿を見るのを楽しみにしていた。だから、ちいちゃんは、1月1日には時代劇映画の「お姫様」のよう日本髪を結って着物を着て登校した。クラスにもう一人、H君が羽織袴姿で登校してきた。先生は、その子とちいちゃんを見て「お雛様みたいね」と喜んでくれた。ちいちゃんは、照れくさかったけどウキウキ嬉しくなった。

新学期になって、席替えが有った。ちいちゃんは、H君の隣りに座ることになった。H君とは話した事が無かったけど、お正月の事を覚えていたから、話したくって仕方がなかった。でも、どうやって話かければ良いかわからない。だから、H君の腕を抓った。チョとだけ。痛くないように。「何すんだよ。」とH君。ちいちゃんは、ますます如何してよいかわからなくなって2~3回つねった。とうとうH君が、怒ったので、何も話せず抓るのを止めた。

次の日、朝礼が始まる前、校庭でみんなと鬼ごっこをしていると、知らないおばさんが「この子?」とH君を連れて確かめて、ちいちゃんの手を捕まえた。ちいちゃんは驚いて止まると、「H君の腕を抓ったでしょう。いじめないで、つねっちゃダメでしょ!」と怒られた。ちいちゃんは、いじめたつもりが無かったから、ビックリして黙っていると、「いいいわかった!」と叔母さん。「ごめんなさい。」ちいちゃんは、いじめてなんかいないと思いながら謝った。

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

区立D小学校界隈 ちいちゃんは、だめな子。

おはぎ

 1年前に開設した区立D小学校は、二つの小学校から、新しく増設した学区に住む生徒たちを、転校させていた。だから、ちいちゃんは、区立D小学校の初めての一年生。

ある日、ちいちゃんは、よそゆきのワンピースを着て、塀で囲まれた広場の中に在る大きな鉄筋コンクレートの建て物にお母さんと行った。廊下には、よそゆきの洋服を着た子が、部屋の前に置かれた椅子に座って緊張している。ちいちゃんも空いてる椅子に座って一緒に緊張した。部屋の戸が開いて、知らないおばさんに部屋に入る様に言われ、椅子に座っていた子達と一緒に部屋の中に入る。「ここに座って」と言われ、おばさんの前に座ると、おばさんは、いろいろな絵が描かれた紙を、ちいちゃんに見せ「これなぁに」と聞く。ちいちゃんは、「リンゴ、花、犬、‥‥」と答えていったが、一枚の絵を答える事が出来なかった。おばさんは、「え?」と変な顔をして、もう一度絵を見せる。ちいちゃんは、知らないと答えた。おばさんは、隣りのおばさんや、おじさんに「この子、ワカラナイって」とざわざわ話している。ちいちゃんは、本当に知らなかったので、黙って座っていたら、おばさんに、もう良いと部屋の外に出された。ちいちゃんが、お母さんの処へ行くと、「あの絵、わからなかったの?」と部屋の窓から見ていたお母さんは、怒った顔をしている。ちいちゃんは、お母さんに怒られる。悪い事をした…。? 

 後で聞いたこと、あの絵は、ランドセルだった。父の兄が買ってくれると言っていた物だった。早く買ってくれないから、わからなかったのだと、お母さんがおこっていたのだ。

でも、ちいちゃんは、ちいちゃんにむけられた「変な目」やお母さんの「怒った目」が忘れられない。

         

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

区立D小学校界隈・ 夏休み移動映画会

おはぎ

区立D小学校は、昭和32年、御殿山下台場跡地に開校した。

鉄筋コンクリート4階建て、窓が沢山ある校舎。校庭は扇子を拡げた形で、「棒上り」「長四角に木の枠で囲まれた砂場」「鉄棒」「雲梯」と「灯台の跡記念に造られた白いモニュメント」(螺旋階段が滑り台になっていて、てっぺんから滑り落ちるのがお気に入りだった。)が塀沿いに校門に向かって並んでいた。

  夏休みには、移動映画車が、校庭一杯に白い幕を張り、夕方から映写会が開かれた。令和のカラフルな街灯など無かった時代、午後6時になれば、暗くなり映画館でも見たことが無い大きな白い幕いっぱいに「尾瀬の四季」のカラー記録映画が上映された。

 最近、都庁で庁舎をキャンパスに大規模なプロジェクションマッピング・イベントを行うようになり話題になっている。高層ビル街の中で投影される映像は、美しい色彩と臨場感に技術のすばらしさに圧倒させられるけど、暗い校庭の隅で鳴いていたコウロギとナレーションが、尾瀬の真中に座っていると思わせてくれた映像が、今でも鮮明に思い出され、何時かは行きたいと思い続けている。

              

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。