おはぎのブログ#喫茶室いこい=仲間募集・自分史を作りましょう=

ひとりより二人、辛い思い出も仲間と話せば優しく励ましてくれる。あなたの応援団。

生きる事は素晴らしいノンフィクションだ。
自分史を楽しみながら、一緒に書きませんか。

区立D小学校界隈 ちいちゃんは、だめな子。

おはぎ

 1年前に開設した区立D小学校は、二つの小学校から、新しく増設した学区に住む生徒たちを、転校させていた。だから、ちいちゃんは、区立D小学校の初めての一年生。

ある日、ちいちゃんは、よそゆきのワンピースを着て、塀で囲まれた広場の中に在る大きな鉄筋コンクレートの建て物にお母さんと行った。廊下には、よそゆきの洋服を着た子が、部屋の前に置かれた椅子に座って緊張している。ちいちゃんも空いてる椅子に座って一緒に緊張した。部屋の戸が開いて、知らないおばさんに部屋に入る様に言われ、椅子に座っていた子達と一緒に部屋の中に入る。「ここに座って」と言われ、おばさんの前に座ると、おばさんは、いろいろな絵が描かれた紙を、ちいちゃんに見せ「これなぁに」と聞く。ちいちゃんは、「リンゴ、花、犬、‥‥」と答えていったが、一枚の絵を答える事が出来なかった。おばさんは、「え?」と変な顔をして、もう一度絵を見せる。ちいちゃんは、知らないと答えた。おばさんは、隣りのおばさんや、おじさんに「この子、ワカラナイって」とざわざわ話している。ちいちゃんは、本当に知らなかったので、黙って座っていたら、おばさんに、もう良いと部屋の外に出された。ちいちゃんが、お母さんの処へ行くと、「あの絵、わからなかったの?」と部屋の窓から見ていたお母さんは、怒った顔をしている。ちいちゃんは、お母さんに怒られる。悪い事をした…。? 

 後で聞いたこと、あの絵は、ランドセルだった。父の兄が買ってくれると言っていた物だった。早く買ってくれないから、わからなかったのだと、お母さんがおこっていたのだ。

でも、ちいちゃんは、ちいちゃんにむけられた「変な目」やお母さんの「怒った目」が忘れられない。

         

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

区立D小学校界隈・ 夏休み移動映画会

おはぎ

区立D小学校は、昭和32年、御殿山下台場跡地に開校した。

鉄筋コンクリート4階建て、窓が沢山ある校舎。校庭は扇子を拡げた形で、「棒上り」「長四角に木の枠で囲まれた砂場」「鉄棒」「雲梯」と「灯台の跡記念に造られた白いモニュメント」(螺旋階段が滑り台になっていて、てっぺんから滑り落ちるのがお気に入りだった。)が塀沿いに校門に向かって並んでいた。

  夏休みには、移動映画車が、校庭一杯に白い幕を張り、夕方から映写会が開かれた。令和のカラフルな街灯など無かった時代、午後6時になれば、暗くなり映画館でも見たことが無い大きな白い幕いっぱいに「尾瀬の四季」のカラー記録映画が上映された。

 最近、都庁で庁舎をキャンパスに大規模なプロジェクションマッピング・イベントを行うようになり話題になっている。高層ビル街の中で投影される映像は、美しい色彩と臨場感に技術のすばらしさに圧倒させられるけど、暗い校庭の隅で鳴いていたコウロギとナレーションが、尾瀬の真中に座っていると思わせてくれた映像が、今でも鮮明に思い出され、何時かは行きたいと思い続けている。

              

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

区立D小学校界隈 新教育とPTA

おはぎ

 江戸から京都までを繋ぐ旧東海道の宿場町。黒船来航の防御に砲台を設置するために埋め立てられた人工島の一つ 目黒川河口で陸続きだった御殿山下台場は、明治以降、遠浅地帯を埋め立てた漁師町が出来、朝夕漁師船が行き交う運河が整備され、お台場は、いつの間にか海岸線から遠く離れた埋め立て地の中に在った。

その御殿山下台場跡に、昭和32年5月D小学校は開校した。戦後の経済復興期に全国から人が集まった京浜工業地帯に含まれ、第1次ベビーブームの子供達を既存の小学校に収容できなくなったため、新設された学校である。区内で初の鉄筋コンクリート4階建て、校庭は砂利を敷き、雨で水たまりが出来ない。1クラス45人以上が当たり前だった時に、『1クラス40人、1学年6クラス程度の新教育制度の実験校になるんだって』『大学出の優秀な若い先生が来るって』と、夕方、惣菜を買い物に出て来る母親達が、自慢そうに立ち話をしている。新しくPTAが創られ役員になった母親たちは、地方から出てきた人達の事情や学校の出来事を、いち早く話しのネタにしている。

インターネットやスマホもなかった時代に、あっと言う間に広まったのは、地方から人が多く集まる埋め立て地界隈に区立D小学校が設立されたからだけだろうか。

      

                                      

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。