おはぎのブログ#喫茶室いこい=仲間募集・自分史を作りましょう=

ひとりより二人、辛い思い出も仲間と話せば優しく励ましてくれる。あなたの応援団。

生きる事は素晴らしいノンフィクションだ。
自分史を楽しみながら、一緒に書きませんか。

区立D小学校界隈 ちいちゃんのおひな様

おはぎ

ちいちゃんは、2度目に引っ越した家で、裁縫の好きなお母さんが、何時も使っている足踏み式のミシン台の上に赤い布を引いて、大人の片手に乗るぐらい(10㎝位の手毬の大きさ)の木目込みのお雛様が、飾られていることに初めて気が付いた。幼稚園に通う前で、ちいちゃんの背の高さは、ミシン台の高さと同じぐらい(80㎝位)。ミシン台に手を伸ばして、つま先だつとミシン台の上に飾られたおひな様の姿が何とか見えた。着物を着ていて、顔におしろいを塗り、口紅も付けている。『こけし人形』とは違い座っていて可愛い。もう少しよく見たい。赤い布を掴むとおひな様が倒れた。

お母さんが慌てて「赤い布を引っ張っちゃだめ。」と、元に戻す。

それでも、ちいちゃんは何回か同じことを繰り返したのだろう。ちいちゃんが、ミシン台の前に近づくと「引っ張っちゃダメ !!」と大きな声がして、赤い布の上のおひな様を、両手でミシン台の下に払い落した。大きな声といつもと違うお母さんの顔が怖くって、ちいちゃんは、おひな様を見ない様にした。

 3度目に引っ越した家で、ちいちゃんはD小学校へ通った。3年生になる年の3月3日、家に帰ると桐ダンスの上に、新しい内裏様と3人官女の3段飾りのひな人形が飾ってあった。

「どうしたの?」「お父さんが買ってきた。」ちいちゃんは、新しいおひな様は、古い木目込みのお内裏様より、2倍も3倍も大きく立派で嬉しかった。だけど、ちいちゃんには、木目込みのお内裏さまが、3段飾りの台の横に飾ってあって、気兼ねなく木目込みのお内裏様に触れられる事が嬉しかった。

 小学校の上級生になった頃には、3月3日におひな様が飾られなくなり、お母さんに「おひな様は、どうしたの」と聞くと「Ⅿちゃん家(ち)にあげた。M子ちゃんの処は女の子が、二人いるから、家(うち)はもう飾らないし」と言う。全部?木目込みの内裏様も?あげてしまったと言う。やっぱりおひな様は、お母さんの物なんだ。と、ミシン台から両手でおひな様を振り落としたあの時のお母さんを思い出した。

 ちいちゃんは、木目込みのお内裏様が、好きだった。誰かにあげるなら、私にくれれば良いのに。心残りだけが思い出になった。

 

 大人になったちいちゃんは、フリーマーケットを知った。3月近くなると、メルカリで、ちいちゃんのおひな様を探す様になった。

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

気ままに一筆:雪が、、、、、。

おはぎ

 窓の外を見ると『?』、、靄が斜めに流れていた。『雨?雪?』。『雪❓だぁ~❕』

『なんて静かなんだろう。』都会の音をすべて吸収する静けさ、連呼する選挙カーの声も吸い込んでしまう。テレビでは、議席数300とか、安定過半数とか、数字ばかりの政治予想。そういえば、多数決だものね。私は、「右」だと思っても、みんなが「左」と言えば、「左」になるのよね。だとしたら、私の「右」は何処へ行くのだろう。『世の中の弱者を見捨てない。』って「左」を向けない人は、弱者じゃないのかな?数字の多さで、政治の方向がどう変わるか、ばかりテレビ解説者は、予測しているけど、予測は予測。時間がたってみなければ解らない。

日本は、選挙が多い。選挙は、「左」を向けない人が、「左」を理解して、「左」に向けるか考えを表す機会だと思う。選挙カーからは、人の名前と、お願いします。「左」を理解する事ができない。

『議員の任期は、法律で決まっている。どうなっているの。』と雪が、理解が出来ない私を包んで行く。

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

区立D小学校界隈 ちいちゃん のミニチュアバック

おはぎ

 ちいちゃんは、D小学校の上級生。クラスメイトのM子ちゃんに誘われて、〇〇教会の日曜学校に行っている。日曜日朝9時に教会に行くと、牧師さんが、季節ごとのキリストの教えを話し、賛美歌を唄う。その後、大人達は、それぞれグループにわかれて、バザーや病院訪問の行事について話合っている。ちいちゃんは、二十歳代のお姉さんをリーダーに講堂の隅で小学生や中学生の仲間と、新約聖書の〇〇の福音書◇◇の手紙とかの一節を読んで、その話をどう思うかとか、みんなで話し合う。お姉さんは、その手紙が書かれた時代の出来事なんかを話してくれる。ちいちゃんは、おじさん(お父さんのお兄さん)と休みの日に川崎の映画街で見た洋画(ローマ時代の物語)の内容を「知っている知っている。」と得意になって、お姉さんに続けて話していた。お姉さんは、黙ってうなずいて聞いてくれる。

親戚の大人達は、ちいちゃんの話を「忙しいんだから、何言っているのか解んない。」「そんな事より買い物に行って来て。」「近所の小母さん達に変なん目で見られない様にしなさい。」と言うばかりで聞いてくれなかった。

ちいちゃんは、キリストを信じる大人達は、「パパは何でも知っている」や「家(うち)のママは世界一」のホームドラマの主人公と同じに、ちいちゃんの話を聞いてくれるんだ。と嬉しかった。それに「バザー」や「イースター(復活祭)」と外国のお祭りを教えてくれたし、赤い羽根の募金活動も〇馬場駅で手伝えて、ドラマの中の一人になった様で、ちいちゃんは、教会へ行くのが楽しかった。

 イースター(復活祭)で、ゆで卵にマジックで色々な模様を描いて、集まった人に配る風習があることを知った。その準備に集まった時、教会の中では、木のベンチをどかし、信者が持ち寄った雑貨や小物、洋服が、バザーで売る為に並べられていた。大人達は、いつもと違う大きな声で「これ何処に置く」「マジック何処?」と忙しく動きまわっている。ちいちゃんは、いつも話を聞いてくれるお姉さんから、教会を印刷した画用紙を渡されて、日曜学校の仲間達とバザーで配るメッセージカードを一人一枚づつ、自分達の好きな色や花をカードに書き入れながら、誰にこのカードが届くのかと思いながら夢中になって作った。カード作りが終わってホットして手を拭こうとして、ハンカチと小ちゃなヘアブラシを入れて持って来たミニチュアのスポーツバックが、なくなっていることに気が付いた。バザーの小物と混じらない様に窓の柵の上に置いておいたはずだったのに、ちいちゃんは驚いて、お姉さんに知らないか聞いた。お姉さんは、周りの小母さん達と「バザーの品物の中に交じったかもしれない。」と探してくれたけど、見つからなかった。ちいちゃんは、ミニチュアのスポーツバックが気に入っていたから、あきらめ切れずに教会の中を探し廻っていると、何時も礼拝に来ている小母さんが、「本当に持って来たの」とちいちゃんの顔を覗いて話しかけて来た。ちいちゃんは「持って来た」と言いながら小母さんの顔を見た。小母さんの目は、初めてD小学校に行った時、パネルに描かれた絵を知らないと言ったちいちゃんを、変な目にで見ていた小母さんの目と同じだと思った。教会に来る小母さん達は、みんな話を聞いてくれる人だと思っていたのに、近所の小母さん達と同じなんだと感じた時、今までの思いが消えた。 ちいちゃんは、日曜学校へ行くのを辞めた。

 それから、大人になるまでに、小母さん達の変な目を度々見るにつけて、今は「大人は、本音と建て前を使い分けている」と、理解出来るようになったけど、やっぱり、あの時のちいちゃんには、話を聞いてあげて欲しかったと、今でも思う。

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。