
ちいちゃんは、D小学校の上級生。クラスメイトのM子ちゃんに誘われて、〇〇教会の日曜学校に行っている。日曜日朝9時に教会に行くと、牧師さんが、季節ごとのキリストの教えを話し、賛美歌を唄う。その後、大人達は、それぞれグループにわかれて、バザーや病院訪問の行事について話合っている。ちいちゃんは、二十歳代のお姉さんをリーダーに講堂の隅で小学生や中学生の仲間と、新約聖書の〇〇の福音書◇◇の手紙とかの一節を読んで、その話をどう思うかとか、みんなで話し合う。お姉さんは、その手紙が書かれた時代の出来事なんかを話してくれる。ちいちゃんは、おじさん(お父さんのお兄さん)と休みの日に川崎の映画街で見た洋画(ローマ時代の物語)の内容を「知っている知っている。」と得意になって、お姉さんに続けて話していた。お姉さんは、黙ってうなずいて聞いてくれる。
親戚の大人達は、ちいちゃんの話を「忙しいんだから、何言っているのか解んない。」「そんな事より買い物に行って来て。」「近所の小母さん達に変なん目で見られない様にしなさい。」と言うばかりで聞いてくれなかった。
ちいちゃんは、キリストを信じる大人達は、「パパは何でも知っている」や「家(うち)のママは世界一」のホームドラマの主人公と同じに、ちいちゃんの話を聞いてくれるんだ。と嬉しかった。それに「バザー」や「イースター(復活祭)」と外国のお祭りを教えてくれたし、赤い羽根の募金活動も〇馬場駅で手伝えて、ドラマの中の一人になった様で、ちいちゃんは、教会へ行くのが楽しかった。
イースター(復活祭)で、ゆで卵にマジックで色々な模様を描いて、集まった人に配る風習があることを知った。その準備に集まった時、教会の中では、木のベンチをどかし、信者が持ち寄った雑貨や小物、洋服が、バザーで売る為に並べられていた。大人達は、いつもと違う大きな声で「これ何処に置く」「マジック何処?」と忙しく動きまわっている。ちいちゃんは、いつも話を聞いてくれるお姉さんから、教会を印刷した画用紙を渡されて、日曜学校の仲間達とバザーで配るメッセージカードを一人一枚づつ、自分達の好きな色や花をカードに書き入れながら、誰にこのカードが届くのかと思いながら夢中になって作った。カード作りが終わってホットして手を拭こうとして、ハンカチと小ちゃなヘアブラシを入れて持って来たミニチュアのスポーツバックが、なくなっていることに気が付いた。バザーの小物と混じらない様に窓の柵の上に置いておいたはずだったのに、ちいちゃんは驚いて、お姉さんに知らないか聞いた。お姉さんは、周りの小母さん達と「バザーの品物の中に交じったかもしれない。」と探してくれたけど、見つからなかった。ちいちゃんは、ミニチュアのスポーツバックが気に入っていたから、あきらめ切れずに教会の中を探し廻っていると、何時も礼拝に来ている小母さんが、「本当に持って来たの」とちいちゃんの顔を覗いて話しかけて来た。ちいちゃんは「持って来た」と言いながら小母さんの顔を見た。小母さんの目は、初めてD小学校に行った時、パネルに描かれた絵を知らないと言ったちいちゃんを、変な目にで見ていた小母さんの目と同じだと思った。教会に来る小母さん達は、みんな話を聞いてくれる人だと思っていたのに、近所の小母さん達と同じなんだと感じた時、今までの思いが消えた。 ちいちゃんは、日曜学校へ行くのを辞めた。
それから、大人になるまでに、小母さん達の変な目を度々見るにつけて、今は「大人は、本音と建て前を使い分けている」と、理解出来るようになったけど、やっぱり、あの時のちいちゃんには、話を聞いてあげて欲しかったと、今でも思う。
思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。