おはぎのブログ#喫茶室いこい=仲間募集・自分史を作りましょう=

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生きる事は素晴らしいノンフィクションだ。
自分史を楽しみながら、一緒に書きませんか。

区立D小学校界隈 新教育とPTA

おはぎ

 江戸から京都までを繋ぐ旧東海道の宿場町。黒船来航の防御に砲台を設置するために埋め立てられた人工島の一つ 目黒川河口で陸続きだった御殿山下台場は、明治以降、遠浅地帯を埋め立てた漁師町が出来、朝夕漁師船が行き交う運河が整備され、お台場は、いつの間にか海岸線から遠く離れた埋め立て地の中に在った。

その御殿山下台場跡に、昭和32年5月D小学校は開校した。戦後の経済復興期に全国から人が集まった京浜工業地帯に含まれ、第1次ベビーブームの子供達を既存の小学校に収容できなくなったため、新設された学校である。区内で初の鉄筋コンクリート4階建て、校庭は砂利を敷き、雨で水たまりが出来ない。1クラス45人以上が当たり前だった時に、『1クラス40人、1学年6クラス程度の新教育制度の実験校になるんだって』『大学出の優秀な若い先生が来るって』と、夕方、惣菜を買い物に出て来る母親達が、自慢そうに立ち話をしている。新しくPTAが創られ役員になった母親たちは、地方から出てきた人達の事情や学校の出来事を、いち早く話しのネタにしている。

インターネットやスマホもなかった時代に、あっと言う間に広まったのは、地方から人が多く集まる埋め立て地界隈に区立D小学校が設立されたからだけだろうか。

      

                                      

思い出を大切に自分史を書きましょう。生きる事は素晴らしい。

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